百人一首
百人一首は、100人の歌人の和歌を、選んでつくった秀歌撰(すぐれた和歌を選び出したもの)。
一般に藤原定家(ふじわら の さだいえ/ていか)が京都・小倉山の山荘で選んだとされる小倉百人一首(おぐら ひゃくにん いっしゅ)は歌がるたとして広く用いられる。
小倉百人一首は、天智天皇から順徳天皇までの約550年の間に貴族や歌人たちの間で詠まれた和歌から、各人の優れた和歌や代表的な和歌一首を取り上げ、年代を追って、全部で百人の和歌を取り上げたもので、古今集や新古今集などの勅撰和歌集(天皇や上皇の命により編纂された歌集)から選ばれている。
- 古今集:24首
- 後撰集:7首
- 拾遺集:11首
- 後拾遺集:14首
- 金葉集:5首
- 詩花集:5首
- 千載集:14首
- 新古今集:14首
- 新勅撰集:4首
- 続後勅撰集:2首
藤原定家とは
藤原定家(ふじわら の さだいえ/ていか)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人。藤原北家御子左流、正三位・藤原俊成の二男。最終官位は正二位・権中納言。京極殿または京極中納言と呼ばれた。『小倉百人一首』の撰者で権中納言定家を称する。
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